私が自分の髪の変化に本当の意味で向き合うことになったきっかけは、高校時代の同窓会での集合写真でした。三十代半ば、久しぶりに集まった友人たちと肩を組んで撮った写真が、後日グループラインに送られてきました。スマホの画面を拡大して一人ひとりの顔を見ていた時、私は背筋が寒くなるような違和感を覚えました。友人たちの中に、明らかに髪のボリュームが減っている奴がいる一方で、高校時代と変わらないフサフサな奴もいる。そして自分はどうかというと、残念ながら前者のグループに片足を突っ込んでいるように見えたのです。特にショックだったのは、室内の照明が当たった時の頭頂部の輝き方の違いでした。フサフサな友人の頭は光を吸収して黒々としているのに、私の頭は照明を反射して地肌が白く(あるいは少し寂しく)光っていたのです。それまでは毎日鏡を見ていたはずなのに、自分では気づけなかった変化でした。この「他人との比較」は、残酷ですがAGAを見分けるための有効な手段になります。特に同年代の同性と比較することは、加齢による自然な変化以上の何かが起きているかを知る指標になります。もし、周りの友人たちの多くがまだ髪を保っている中で、自分だけがおでこが広くなっていたり、つむじが目立っていたりするならば、それは単なる老化ではなく、AGAという進行性の症状である可能性が高いです。また、過去の自分との比較も重要です。私は家に帰ってから、数年前の免許証の写真や、結婚式の時のアルバムを引っ張り出してきて、現在の自分と並べてみました。すると、明らかにおでこの面積が広がり、前髪の立ち上がりが弱くなっているという現実を突きつけられました。「昔はおでこに指が三本しか入らなかったのに、今は四本入る」「風が吹いても手櫛で直せば決まっていたのに、今はセットが崩れると地肌が見えて恥ずかしい」。こうした日常の些細な違和感の積み重ねこそが、AGAのサインだったのです。自分一人で悩んでいると、「まだ大丈夫」「気のせいだ」と正常性バイアスが働いてしまいます。しかし、写真という客観的な事実は嘘をつきません。同窓会の写真は私にとってショッキングなものでしたが、おかげで早期にクリニックに行く決心がつき、治療を始めることができました。他人と比較して落ち込むのではなく、それを早期発見のチャンスと捉え、行動に移すことが未来の自分を救うことになるのです。