鏡を見るたびに深くなっていくM字の剃り込みと、光に透ける頭頂部。三十代に突入して間もなく、僕の髪は静かに、しかし確実にその存在感を失い始めていた。認めたくはなかったが、これは紛れもなくAGA(男性型脱毛症)の進行だ。インターネットで治療法を調べれば調べるほど、専門の病院へ行くことが最善の道であることは明らかだった。しかし、僕の足は鉛のように重かった。理由はただ一つ、「恥ずかしい」という強烈な感情だ。薄毛の悩みを抱えていることを、誰かに、特に赤の他人に知られるのがたまらなく嫌だった。クリニックの受付で「AGAの診察で来ました」なんて、どうやって言えばいいんだ。待合室で他の患者と顔を合わせたら、お互いに「この人も…」と無言の探り合いをするのだろうか。そんな想像をするだけで、顔から火が出るようだった。数か月間、僕は行動できずにいた。市販の育毛剤を試しては効果のなさに落胆し、帽子で隠す日々。だが、隠せば隠すほど、根本的な解決になっていない自分への苛立ちが募っていった。ある夜、ふと「このまま悩み続けて、何もしないで後悔する人生でいいのか?」という声が心に響いた。恥ずかしさは一時の感情だ。しかし、失われた髪と自信は、何もしなければ永遠に戻ってこないかもしれない。その事実に気づいた時、ようやく腹が決まった。僕は震える手で、プライバシーへの配慮を徹底していると評判のクリニックに、ウェブ経由でカウンセリングの予約を入れた。当日、クリニックのドアの前に立った時は、心臓が口から飛び出しそうだった。しかし、一歩足を踏み入れると、想像していた光景とは全く違っていた。受付はホテルのフロントのようで、待合室は他の人と顔を合わせないように仕切られた個別のブースになっていた。診察も完全個室。医師は僕の悩みを真摯に受け止め、治療法について丁寧に説明してくれた。帰り道、僕は不思議なほど晴れやかな気持ちだった。あれほど僕を縛り付けていた「恥ずかしさ」という感情は、勇気を出して一歩踏み出した瞬間、あっけなく消え去っていた。治療はまだ始まったばかりだが、僕はもう一人で悩んでいない。この一歩が、未来の自分を変えると確信している。
AGA治療を決意した僕が病院の扉を開けるまで