クローゼットの奥に、ほとんど着ていないお気に入りのジャケットがある。数年前に少し奮発して買ったもので、これを着て街を歩くと、いつもより少しだけ背筋が伸びる気がした。しかし、最近はそのジャケットに袖を通すことがない。理由は、鏡に映る自分の姿が、このジャケットに似合わないと感じてしまうからだ。原因は、年々後退していく生え際と薄くなった頭頂部。僕の心は、AGAというコンプレックスに静かに蝕まれていた。病院に行けば治療できる。そんなことは分かっている。でも、「恥ずかしい」というたった一言が、僕の足に重い鎖を巻きつけていた。薄毛の治療は、まるで自分の「負け」を認めるような気がして、どうしてもその一歩が踏み出せなかったのだ。そんなある日、本屋でふと手に取った一冊の本にこんな言葉があった。「コンプレックスは、克服すべき敵ではなく、新しい自分に出会うための招待状だ」。その言葉が、僕の心の奥深くに突き刺さった。僕は今まで、AGAを隠すべき欠点、恥ずべき弱点だとばかり思っていた。しかし、そうではないのかもしれない。これは、今の自分から脱皮して、もっと自信に満ちた自分になるための、人生からの「招待状」なのかもしれない。そう考えた瞬間、視界がぱっと開けた気がした。AGA治療は、弱さの告白ではない。自分を諦めず、より良くあろうとする「強さ」の表明なのだ。恥ずかしいなんて思っている場合じゃない。僕は、招待状をくれた人生に応えなければならない。その日のうちに、僕はクリニックの予約を取った。恥ずかしいという気持ちが完全になくなったわけではない。でも、それ以上に「新しい自分に会いたい」というワクワクする気持ちが勝っていた。今は治療を始めて半年。鏡の中の自分は、少しずつだが、確かにお気に入りのジャケットが似合う姿に戻りつつある。恥ずかしいという古い服を脱ぎ捨てた先には、想像以上に清々しい世界が待っていた。