佐藤さん(三十五歳)は、中堅のIT企業で働く真面目なシステムエンジニアだ。しかし、彼には誰にも打ち明けられない深い悩みがあった。それは、日に日に進行していく薄毛だった。朝、鏡の前で髪をセットするたび、後退した生え際が視界に入り、重いため息が漏れる。会議で頭を下げたとき、向かいに座る同僚の視線が自分の頭頂部に注がれているような気がして、冷や汗をかいたことも一度や二度ではない。学生時代は明るく社交的だった彼も、今では自信を失い、人と会うことさえ少し億劫になっていた。そんな夫の変化に、妻の美咲さんはずっと前から気づいていた。夫が外出時に必ず帽子をかぶるようになったこと、集合写真に写るのを巧みに避けるようになったこと。そして、時折見せる、窓の外を眺める寂しそうな横顔。ある夜、美咲さんは意を決して切り出した。「ねえ、最近何か悩んでることがあるんじゃない?よかったら話してくれないかな」。最初は口ごもっていた佐藤さんだったが、堰を切ったように薄毛へのコンプレックスを打ち明けた。美咲さんは黙って頷きながら彼の話を聞き終えると、その手を優しく握り、こう言った。「一人で悩まないで。今は専門のクリニックもあるみたいだし、一度、話だけでも聞きに行ってみない?もちろん、私も一緒に行くから」。数日後、二人は予約したAGAクリニックの前に立っていた。佐藤さんの足は不安で鉛のように重かったが、隣で微笑む美咲さんの存在が彼を力強く支えていた。カウンセリングルームで、専門のカウンセラーを前に、佐藤さんは緊張しながらも自分の悩みをぽつりぽつりと話し始めた。カウンセラーは彼の言葉を一つ一つ丁寧に受け止め、マイクロスコープで頭皮の状態を一緒に確認しながら、AGAのメカニズムを分かりやすく説明してくれた。自分の髪に何が起きているのかを客観的に理解したことで、佐藤さんの心の中にあった漠然とした恐怖が、解決可能な具体的な課題へと変わっていくのを感じた。クリニックを出たとき、佐藤さんの表情は来る前とは見違えるほど明るくなっていた。髪がすぐに増えたわけではない。しかし、彼の顔には、長い間失われていた前向きな光が戻っていた。「なんだか、すっきりしたよ。原因がわかったし、どうすればいいのかも見えた気がする」。美咲さんにそう言って微笑む彼の姿に、彼女も心から安堵した。